autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

「オーベルマンの谷」について

「巡礼の年」第一年の中核となる「オーベルマンの谷」(Vallée d'Obermann)。大曲群の中でダンテやソナタに演奏頻度は譲るかもしれませんが、代表作の一つとして十分に認められている曲でしょう。初稿の作曲はマリー・ダグー夫人との生活のさなかの1835-36年とかなり早く、1858年出版の最終稿にも若々しい*1ロマンティシズムがはっきりと感じられます。題名の由来はこの曲の献呈先でもあるセナンクールの小説『オーベルマン』で、「オーベルマンの谷」なる地名は存在しないというのは有名な話だと思います。

曲の冒頭には『オーベルマン』と、曲集全体の基調になっているバイロンの『チャイルド・ハロルドの巡礼』の文章が掲げられています。該当部分を全て引用しておきます*2

自分は何を欲するのか? 自分は何者か? 自然には何を求むべきか? (...)すべての原因は人の目に見えず、すべての結果は人をあやまる。すべての形態は変化し、すべての継続には終りが来る(...)僕は制御し得ない諸々の欲望に身をすり減らすため、或る架空の世界の誘惑を満喫するため、その甘美な謬りに打ちのめされるためにものを感じ、存在してゐるのだ。

(『オーベルマン』市原豊太訳、第六十三信)

空しく過ごされる幾年かの悦楽でもあり、苦患でもあった名状し難い感受性、到る處その力に気壓され、到る處その底知れなさに驚かされる大自然を感得する廣漠たる意識、時空を問はぬ萬物への熱情、深遠の處に達した叡智、肉の快樂にも似た忘我、およそ人間の心として抱き得る限りのあらゆる欲求と深い煩悩など、この忘れ難い一夜の間に、僕はすべてを感じ、すべてを知った。衰退の年齢の方へ僕は不吉な一歩を進めたのだ。壽命を十年ほど使ひ減らしてしまった。心の常に若い単純な人間は如何に幸福なことか。

(同、第四信)

尤も深くわが中に潜めるものを今洩し、
形にあらはし得べくんば――
思を言語に洩し得て、魂と心と情と思と
(強かれ或は弱くもあれ)、わが求むべかりしもの、
今はたわれの求むる處、忍びて知りて感ずる處、
こを一語に託し得ば、
而して其語電光ならばわれは曰はむ、
さもあれ事はかくあれば、われ曰はずして生き且死なん、
もっとも聲なき思抱き、剱を鞘にさす如く。

(『チャイルド・ハロルドの巡礼』土井晩翠訳、第3巻97節)

 

第1部

1-8 楽想a
9-12 楽想b
13-25 楽想aの敷衍
26-33 楽想c
34-66 ここまでの繰り返し
66-74 ホ短調への解決

第2部

75-94 楽想d ハ長調
95-118 楽想e イ長調

第3部

119-127 Recitativo
128-138 Più mosso
139-160 Presto
161-169 Lento

第4部

170-179 楽想dの再現 ホ長調
180-187 楽想f(上行) ホ長調
188-195 楽想d ホ長調
196-207 楽想f ホ長調
208-216 終結 ホ長調

 

やはりソナタ形式ですが、単一動機による支配が徹底しています。ここでは比較的細かく割りましたが、大まかに第1部が主調部、第2部が副次調部、第3部が展開で第4部が(副次調部の)再現と理解可能です。 

第1部

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(譜例はすべてJosé Vianna da Motta校訂のBreitkopf & Härtel版から)

バリトン音域の渋い旋律で開始。冒頭の三音下降が全曲の基礎となり、ほとんどの楽想はこの動機に基づいています。始まりは一応ホ短調ですが、三度関係の転調でたった八小節で変ロ短調まで行ってしまいます。

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半音階的な次の楽想bも下降音型。エンハーモニックを辿った、一応嬰へ短調です。不安定な響きのまま、楽想aの動機を敷衍する部分が続いてゲネラルパウゼで断ち切られます。

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うめくようなコラール風の楽想c。この曲では貴重な上行音型ですが、バスはしっかり基本の下降動機に従っています。変ホ短調イ短調と相変わらずの遠隔調です。

34小節目で一瞬ホ短調に解決すると、ここまでの流れが転調の道を変えながらもう一度繰り返されます。動機aの敷衍は変ホ長調の安定した和音で雰囲気が和らぎますが、動機cで再び暗転。その後ようやく音楽はホ短調で終止します。

冒頭の調性が曖昧なのはリスト、というかロマン派音楽では日常茶飯事とはいえ、この曲では演奏時間にして4、5分、全曲の約三分の一に渡って主調が確立しないわけで、なかなか目立つ事態だと思います。

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これまであてもなくさまよってきた音楽を浄化するように明確なハ長調で出てくる楽想d。音域もこれまでから格段と上へ行って、澄んだ響きを作り出しています。冒頭はやはり三音下降。

イ長調に移って旋律が半音階的になっても柔らかな雰囲気は続きますが、次第にフラット方面へ傾いていくと、減七和音の響きで次の場面に移ります。

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減七に乗ったオクターヴレチタティーヴォ(そろそろ飽きてきましたがこれも下降音階)から嵐のような展開部分が始まります。ここまでがずっと極めて平易な書法だったのに対し、一気に派手な音響が展開します。Più mossoから左手に出てくる三音音型は楽想dがもとでしょうか。

オクターヴの連続でクライマックスを作ったあと、161小節からは薄いテクスチュアで、単音レガートの下降音型と愛想のない低音(バスに下降音型)の対話が続きます。

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 170小節から楽想dがホ長調で再現、ここまでの緊張感がすべて解決されます。

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続く楽想fはようやく旋律が上行に反転しての泣かせどころ。和声が楽想eに少し似ているのは偶然でしょうか。

188小節からは和音連打やオクターヴに彩られて、楽想dをこれでもかとばかりに盛り上げていきます。当然ながら細かい音型や断片的な旋律も基本的に下降音型からの派生。曲の最後もどんどん低い音域へと音が密集していき、一度オクターヴで持ち上がるものの*3、中低音域で基本動機を強奏して終わります。

ソナタ形式としては、1) 主調提示部が最後まで解決せず、古典的なソナタ形式の主調(安定)→転調(不安定)→主調(安定)ではなく調性不明→調性安定、という一直線の構成をとっている、2) 主調主題再現を省略、3) 副次調楽想も主調楽想から派生している、あたりが特徴でしょうか。1、2については50年代の最終形で生まれたものですが、もっともリストが壮年期に入ってからの新機軸というわけではなく、かなり早く書かれた単独曲の「詩的で宗教的な調べ」S.154(1834)や、パラフレーズ系でいうと「ニオベ」「フィガロ」、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は、後半でようやく出てくる調の安定した主題を前半でひたすら変形して焦らしつづける作りをしています。

ちなみに、冒頭の主題についてはウェーバーソナタ4番との類似を指摘する人がいます*4

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(譜例はすべてKöhler, Schmidt校訂のPeters版から)

二度目に出てくるときにはさらに近付く。

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こちらも単一主題的な作りで、副次調主題は主調主題同様に下降音階からなっています。リストも存在を知っていた曲だとは思いますが、どこまで参考にしたかは別件。

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前出のとおり、この曲には初版のバージョンがあり、1840年頃出版の「旅人のアルバム」(Album d'un voyageur, S.156)なる曲集、全三巻あるうちの第一巻に収められています。最終版までには全体にわたり徹底的に手が入れられていて、形式の変遷という点でも興味深いです。

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(譜例はすべてJosé Vianna da Motta校訂のBreitkopf & Härtel版から)

初版ではまず一ページの前奏があるのが驚きですが、その後に出てくる楽想a(の原型)も大分違います。二小節目で文句のつけようのないホ短調主和音が鳴り、その後も少しふらつきながらずっとホ短調の周りを動いていて、どんどん遠隔調へ飛んでいく最終稿とは相当な差があります。

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副次調主題。旋律線は最終版の楽想dと同じですが調性は型通りのト長調になり、テクスチュアも音域を広く使うものになっています。

初版ではレチタティーヴォの後、主調主題が律儀に再現されたあとに副次調主題の再現が続きます。

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最後の盛り上がりのなかで現れる、最終形でカットされた*5楽想。最終形の184小節にも似たものが八分音符で出てきますが、初版ではレチタティーヴォの前が初出となり、より目立つ形で展開されます。

 

「オーベルマンの谷」にはこの二つの版のほかに*6ピアノ三重奏編曲版があります。晩年の1880年ラッセンの作った編曲にリストが手を入れるついでに加筆したもので、1986年に新たに発見。年代のこともあるのか、全体にやや落ち着いた色彩の編曲になっています。

第2部の頭に「II.」と付けて二つに分割し、また序奏や推移を追加して、第1部の終わりか第2部の終わりで演奏を打ち切れるようにしたとのこと。S.723a, b, cの3つの稿があり、違いがあるのは後半だけだそうです。"Tristia"(悲しみ)と新しく題名が記されたのは第3稿からですが、題名表記に関わらず稿を明記している録音はほとんどなく、楽譜(Hardie pressから出版)を持っているわけでも録音を詳しく聴き比べた(ハワードさんは仲間と全バージョンを一枚に録音しているようです)わけでもないですが、根本的な変更はないように聴こえます*7

*1:青いともいう

*2:リストの個人的な事情や標題からの読解に立ち入る気はありませんが、引用した文章がすべて湖畔での思索を綴ったものというのは少し気になるところです。ちなみに『チャイルド・ハロルドの巡礼』のほうは嵐の夜の心理を綴ったもので、前曲「嵐」の引用箇所にすぐ続く文章です。

*3:初版ではこれがなく、チャイコフスキーの「悲愴」第3楽章のような終わり方をします。

*4:すでに何度か触れているケネス・ハミルトンのソナタ本から。

*5:ただしピアノ三重奏版では似たものが出てきます。

*6:あとはホロヴィッツヴォロドスが手を入れたバージョンもありました。ヴォロドスの改変はさすがに趣味悪く感じますが、ホロヴィッツの改変はくどくなりかねない後半をテンポよく聴かせる方向で、それなりに応用範囲があるように思います。

*7:ドイツ語ですが、発見を報告するWolfgang Marggrafの論文が登録制で見られます。 https://www.jstor.org/stable/902428

超絶技巧練習曲のソナタ形式

超絶技巧練習曲(Études d'exécution transcendante, S.139)から、ソナタ形式で考えられる3曲の話をしようと思います*1。十分に有名な曲なので(それでも題名のせいで損な受け取られ方をしている気はしますが) 説明はいらないでしょう*2。すべての大本になった稿が1826年、リスト15歳の年の出版で、それを大幅に発展させた異様に難しい第二稿が1839年、第二稿を整理した現行の「超絶技巧練習曲」が1852年の出版です。以後比較に出すのはすべて第二稿です。

第8番 「(死霊の)狩り」

1-58 主題A ハ短調
59-84 主題B 変ホ長調
85-133 主題C 変ホ長調
134-163 推移(主題A)
164-193 主題B ハ長調
194-215 主題C ハ長調
216-228 コーダ

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(譜例は二つの稿ともにブゾーニ校訂のBreitkopf & Härtel版から)

主調主題は荒々しい低音と付点(休符が入っているので違いますが)動機が対話するもの。

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前稿では冒頭がこのような凝った書き方になっているのは有名な話で、ブゾーニさんがわざわざ丁寧な註を付ける事態になっています。

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変ホ長調で出てくる、狩りの音楽そのものの主題Bと滑らかに歌う主題C。単一主題的な書き方で、前者は主題Aの後半、後者は主題Aの前半と繋がっています。性格は違いますがどちらも付点リズムが響いていますね。

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主題Cがハ短調に変化した(これが主調復帰と見なせるかも?)あと、主題Aが出てきますが(上掲)これはまったく主調に戻らないまま経過句風に処理されます。すぐにハ長調で力強い主題B再現、主題C再現が続いて幕となります。

前版の構成を見ると、主題B再現の前に主題Aが原型のままきっちり再現されていることがわかります。改訂で構成を切り詰めるにあたって削除してかまわないと判断したのは、主調主題の原型復帰だったということですね。ベートーヴェン交響曲8番、9番のころとはまったく時代が変わっています。

第10番

1-30 第一主題 ヘ短調
31-41 第二主題 変ホ短調
42-60 小結尾 変ホ短調
61-85 展開
86-99 第一主題 ヘ短調
100-135 第二主題 ヘ短調
136-159 小結尾再現 ヘ短調
160-182 コーダ ヘ短調

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第一主題は特徴的な音型に途切れ途切れの旋律が続く形(譜例は旋律形が続くところから切っています)。

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その後に続くこの音型(xとしましょうか)はリストに珍しいぐらいに主和音を強調するもので、この曲のどこか古典的な性格の一因になっています。

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第二主題は変イ短調変ハ長調を中心に動き、後半になってやっと嬰ニ短調変ホ短調に落ち着きます。その後に楽想xが出て変ホ短調を強調、変ホのペダル上に減七と第二主題を乗せた推移句から展開に入っていきます。

短い主題展開と"Tempestoso" の経過句に続く再現は提示の際と共通する部分が多い*3ですが、上の分割のとおり、第一主題と第二主題の小節数が提示とほぼ逆転しています。第一主題は22小節目で二度目に出てきたときの起伏の少ない姿で登場し、しかも動機xが主調を強調してくれないまますぐに(イ短調から始まる)第二主題に接続してしまいます。

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そのかわり第二主題は後半が大きく拡大され、Desの21連発などでテンションを高めて第126小節でのヘ短調解決の存在感を大きくしています。二部構成を明確にしていた提示に比べ、二つの主題を一体として主調への解決を演出しているということです。第148小節からの小結尾の再現で和声が半音階的に逸れてもすぐに第159小節のカデンツァで修正し、主調上に安定したストレッタのコーダで終わるのも、(第二主題後半で確立した)主調の安定感を強調しています。

この曲は無題ですが、ベートーヴェンに倣って「アパッショナータ」などと呼ばれることがあるようです。音楽の雰囲気は当然のこと、十六分音符がほぼ途切れずに流れ、明確に遮られるのは再現の開始前とコーダの頭だけというのも「熱情」第3楽章を見習ったのではないかと思いますが、さらに前版で、最終版でいうストレッタ前に挿入されていた楽想には「熱情」のコーダをいやがおうにも思い出します。

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これは当然第二主題の変形ですが、削ったのはオマージュ元が明らかすぎるというほかに、ヘ短調の確立はこの前の部分ですでに十分と考えたのでしょうか。

 第11番「夕べの調べ」

1-9 導入
10-37 主題A 変ニ長調
38-58 主題B
59-79 主題C ホ長調
80-97 推移(主題B)
98-119 主題C再現 変ニ長調
120-131 主題B再現 変ニ長調
132-155 コーダ(143~主題A再現) 変ニ長調

主題群が逆順に再現される形式です。この逆順再現は20世紀に入って、オネゲルバルトークあたりが多用することになります。

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静かな半音階進行が美しい主題A。またもやホ長調に行ってしまう経過句を経て豪華に主題が繰り返され、変ハ長調ロ長調に読み替えて正式にホ長調へ転調していきます。

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和音が宙に舞い上がっていく主題B。主題と呼ぶか経過句と呼ぶのかは微妙なところですが、とりあえず副次調主題群の一つとしておきます。ト長調で始まってロ長調に落ち付き、次の主題を準備します。

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ホ長調に安定して主題C。ここまですべて和音の塊で動いてきた音楽に、単音の旋律が新鮮に響きます。第二稿を見たシューマンは、(伴奏は平凡だが)曲集でもっとも印象的な旋律、と言っています*4

この旋律が終わると主題Bがホ長調で盛大に出てきますが、さてここから変ニ長調へ戻らないといけないわけです。前稿のほうではかなりの規模の(展開的な)推移があり、一ページ以上かけてバスがG音から半音ずつオクターヴ上のAsまでずり上がっていき、その属音Asがさらに一ページ以上持続した後に変ニ長調へ解決する、というきわめて大掛かりな作りをしています。

対して最終稿は半音階的なパッセージ5小節ほどで変ニ長調に到達してしまうのですが、この結果主題再現の形にも変化が出ているのが面白いところです。

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前稿はDes音上で堂々と主題が現れているのに対し、

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最終稿は低音と高音でAs音の鐘が鳴り響くようになっており、確固たる変ニ長調ではありますが属音が強調されることで隔靴掻痒感が残って、完全な解決は主題Bの再現まで持ち越されます。ちなみに主題再現が属音上で始まるといえば「熱情」の第1楽章ですが、リストは意識していたのかどうか。

 

ここまで3曲見てきましたが、形は違えどどれも主調主題の「再現」は非常に軽視されています。調構成的にはソナタ形式に則っていたとしても、主調主題をはじめからおわりまで再現していく曲は、三部形式ロンド形式との延長線上(「回想」)や変奏曲(「マゼッパ」)になってしまうわけです。

思えばショパンは「バラード」と題した作品(1番、4番)のソナタ形式では主調主題の再現をきっちりやって、2番以降の「ソナタ*5では副次調主題以降の再現で済ませています。対してリストは「独奏曲」や「練習曲」や「ソナタ風幻想曲」では主調主題の再現を避ける一方で「ソナタ」では律儀すぎるくらいの再現部をやっている*6わけで、この辺りに形式への取り組み方の違いが見えて興味深いです。目指すところは全然違うのに、再現を主調主題から始めないというのを共に重要な「解」として採用しているところも含めて。

*1:ただしリストの常で変形は加えられているので異論はあるかもしれませんし、後述しますがここで挙げる以外にもソナタ形式で考えられなくもない作品はあります。

*2:そもそもこの曲については全音版の解説が充実していてここでうだうだ話す意味もないかもしれませんが、そこはそれ。

*3:短調に解決する第二主題が変ニ短調変ロ短調中心に推移するという調の関係は提示と同じ。

*4:『音楽と音楽家岩波文庫141頁

*5:演奏会用アレグロとチェロソナタを含む。

*6:交響詩では、「山上にて聞きしこと」「タッソー」「前奏曲」の最初の3曲では変則的な再現を行って、その後の数作「プロメテウス」「オルフェウス」「祭典の響き」、時期は離れますが「理想」あたりが主調主題から順を追った再現を行っています。

「ダンテを読んで」について

「巡礼の年」第2年*1の最後を飾るのが、「ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲」(Après une lecture du Dante: Fantasia quasi Sonata)*2。最初の稿がまだリスト20代の1839年、そこからひたすら改訂を重ねて現行の形に落ちついたのが1853-56年ごろで、出版は1858年になります。豪勢な響きのする、押しも押されもせぬ名曲*3なのに疑いはないところで、前置きもそこそこに曲を見ていきます。

第1部 Andante maestoso - Presto agitato assai

1-34 導入
35-76 主題a ニ短調
77-102 推移
103-114 主題A 嬰へ長調
115-135 推移(導入の動機、主題aによる)

第2部 Andante

136-144 主題A 嬰ヘ長調
145-156 主題a ト短調
157-166 主題A2
167-177 主題A3 嬰へ長調

第3部 Allegro moderato - più mosso

181-210 推移(導入の再現)
211-224 展開(動機x、y)
225-232 展開(主題A)
233-245 展開(動機x、y)
246-272 展開(主題A)
273-289 推移(主題a)

第4部 Andante - Allegro - Presto

290-317 主題A ニ長調
318-326 動機x
327-338 楽想A2 
339-352 楽想A3 ニ長調
353-373 終結部(主題a、主題A、動機xの要素)

 

ベートーヴェンの「幻想曲風ソナタ」ならぬ「ソナタ風幻想曲」という題名の示唆するとおり、4部の起承転結があると同時に、全体としてはソナタ形式としての解釈が可能です。第1部で主調と副次調の提示(同一主題からの派生)、第2部は副次調の強調(挿入部とも考えられる)、第3部で展開、第4部で再現が行われます*4

第1部

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(譜例はすべてJosé Vianna da Motta校訂のBreitkopf & Härtel版から)

いきなり三全音を剝き出しで鳴らす導入で一気に惹きつけます。これからも展開の切れ目で折に触れ出てくるこの主題/動機、「神曲」に引きつけて「門の動機」などと言うこともあるようですが、冒頭で出てきた要素を形式の区切りで持ち出してくるのはソナタや演奏会用大独奏曲などでもやっていることではあります。

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鋭いリズムの動機xに対して、三連符のリズムによる動機yが対比をなします。ここでは雰囲気にまぎれて分かりにくい(yの音価は実質かなり細かく分割されているのも原因)ですが、固い付点のリズムと三連符のなめらかなリズムの対比はこの後の展開でも重要になってきます。

それにしても、減五度や半音、増二度、減七和音といった要素をてんこ盛りにしたこれでもかというくらいのおどろおどろしい描写ですが、ところどころにがっちりしたカデンツやバスの順次進行を仕込みながら20小節目の減七の爆発→主調サブドミナントへの解決まで持っていく展開は意外と親切です。ひたすら混乱に叩きこむようなソナタの冒頭などとはだいぶ違います。

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ちょっと前触れがあって(ドミナントの用意がある!)主調主題a。徹底した半音階進行、「嘆き」の旋律ですが、和音は二短調主和音から動かず(低音でもDが伸ばされている)、実は安定感がある主題なのが怪しく感じさせない恰好良さの理由でしょうか。動機yによる推移がこれに続き、このセットはもう一回繰り返されます。

なにしろ半音階と減七和音ばかりなのでどこへ行ってもよさそうですが、イ長調を経由して一度嬰へ短調に行くと、完全五度に和らげられた動機xが出てきて副次調への本格的な推移が始まります。どんどんフラット方向に行って響きの緊張感を下げていき、行き着いた変ニ長調嬰ハ長調に読み替えて、嬰ヘ長調への解決に持っていきます。

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副次調主題A。主題aの変形ですが(半音進行が全音階進行になって、上行が順次進行から分散和音になっただけです)、音楽の性格はみごとに正反対です。短調のaと長調のA、半音階のaと全音階のA、細かい音価で提示されるaとコラール風のA、付点音符のaと三連符(動機yの反行形ですね)のA。左手が密集和音でなくただのオクターヴになっていたり、嬰へ長調到達の前後で導音を下げてミソクリディア風の響きになっているのも解放感の理由でしょう。

この主題がなんだかんだあって嬰ハ長調で終始すると、動機xが現れて雰囲気は暗転。ですが嬰ハ長調の七の和音上で主題aが出て、ふたたび嬰ヘ長調を準備します。

第2部

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主題Aが改めて穏やかな表情で出てきます。途中から主題aがト短調で存在感を主張しますが、単音でしかないうえに伴奏形は変わらず三連符に取り囲まれていて、かつてのような勢いは存在しません。

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ふたたび嬰へ長調に調号が変わり、属七和音上に出てくる主題A2。主題aの変形と見ることができそうですが、下がって上がってくるだけのあちらよりも表情が増しています。

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そして主題A3。A2の半音階進行は全音階進行に「浄化」され、6:4のクロスリズムも解消しています。

全体の構成の中では、この第2部の捉え方が問題になるでしょうか。展開部の開始、あるいはソナタや演奏会用大独奏曲にあるような挿入部と見るには、副次調と同じ嬰へ長調からなかなか動かないのがひっかかるところで、第1部の延長線として副次調の確立をやり直していると見たいです。調構成としては嬰ヘ長調ト短調→嬰へ長調準備→解決という形で、第1部でやったフラット調から嬰へ長調へ、半音階から全音階へという図式が繰り返されるというわけです。

第3部

全体の展開部にあたります。安定した嬰へ長調は突然のレチタティーヴォによって破られ、動機xと動機yが出現、主題aの音型も出てきていよいよ再現か、と思わせますがその期待は裏切られます。

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突然オクターブが爆発して動機x(完全五度の形)と動機yの敷衍が開始。219小節でニ長調(最終目的!)に到達し、225小節では主題Aが輝かしく出てすべての解決を予感させますが、左手の音型は半音でうねっている上に、主題初登場のときにもあった全音ずつ下がっていく和声進行であらぬ方向へと転調していき、235小節からの半音階と減七和音の嵐に巻き込まれてしまいます。主調への解決は二度はぐらかされるわけです。

250小節、主題Aはロ長調から転調をやり直して無事に静まっていき、273小節から今度はイ長調の七の和音上に主題aが出てきて、これが第2部直前と同様に次の解決を準備します。

第4部

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(ひねりのない形容ですが)光が射すようなトレモロを伴って主題Aがニ長調で出てきてからは、どんどん音楽が加速していくとともに第2部を再現する形になります*5。318小節からの動機xで一度空気が乱されたあとの、属音上・半音階進行のA2がお膳立てをしてA3が解決する、という展開も同じです。リズムも十六分→三連符の変化。

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開放的な気分のはずなのに有名な難所なのは、最後の最後まで結論は出ないぞということなのでしょうか*6

353でニ長調になった主題aが出てくるといよいよ曲は大詰め、361小節からは全音進行の和声が主題Aを暗示して、変格終止で荘厳に曲を終えます。

 

さてこの曲ですが、1830年代に初期形が成立したあと長きにわたり徹底的な改訂が施されていて、三つの初期稿にサール番号が付けられています。
神曲への補遺 Paralipomènes à la Divina Commedia, S.158a
神曲への序説 Prolégomènes à la Divina Commedia, S.158b
・ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲 Après une lecture du Dante: Fantasia quasi Sonata, S.158c

これらの関係をちょっと調べてみると、新発見の資料の影響なんかもあって相当入り組んでいるようです。一応まとめてみますが、えらくややこしい話で正確に読み取れているかはなはだ自身がないので話半分に読んでください*7

リストがマリー・ダグー夫人とイタリア旅行に出発したのと、題名の由来になった(そしてたぶん着想を与えた)ユゴーの詩の出版が同じ1837年。作品はおそらく1839年に形になっています*8。同じ年には演奏した記録があり、1840年にはリストの手稿(現存せず)に基づく筆写譜(これは長らく失われたと思われていたのがわりと最近になって発見されたそうですが、出版や録音はされないのでしょうか)ができています。ただこれが "Paralipomènes" と題されるのは1848年以降に改訂が行われる前後のことだそうで。改訂が重なるのに従って新たに筆写譜が作られ(これがS.158a)、まもなく題名が "Prolégomènes" と変えられてさらに改訂(これがS.158b)、改訂が一段落して "Après une lecture du Dante" の題名が付けられる、までが1848-49年の短時間に起きたとのことです。この譜面の最終的な形を清書したのがS.158cで、S.158aとS.158bはもとの譜面から改訂途中の姿を復元しているもののようです。最後に、S.158cから校正段階での修正を経たのが現行版のS.161/7、と。

 

ここまでで十分に混乱しそうな話なので各稿の細かい違いをどうこう言うのはやめますが、「交響的幻想曲」(Fantasie Symphonique pour Piano)と題されていたS.158aは実際かなり興味深い存在です。S.158aと最終稿を比べると、細かいパッセージの書きかたを無視すると、真ん中のレチタティーヴォの後のところで二部に分かれているのが一番の違いです。それに付随してS.158aでは、
・第一部にはコーダ、第二部には導入部があった
・展開部(第二部前半にあたる)では、第一部コーダで現れた新主題が活躍する
・新主題は全体のコーダにも登場する
というような構成の違いが現れています。この新主題はサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番にも出てきます。偶然でしょうが。

短調で始まった曲をいったん嬰へ長調で終止させてまで分割した理由はよくわからなくて、ハワードも独立した「楽章」ではないと断ってますし実際にCDでも1トラックにまとめています。ただこれ、今回書いた分割に従うと、ソナタ形式を二部分でとらえる18世紀主流の考え方(後半にも繰り返し記号が付くやつですね)に合致するわけで、もしリストがそう考えていたとするとものすごく面白くなるのですが。サン=サーンスが何回か使った*9、本来の四楽章構成を二楽章にまとめる形との関連も気になるところです。

*1:個人的には、第1曲の「婚礼」の柔らかな崇高さとでもいうべき感触がリストで一二を争うくらいに好きです。スクリャービンソナタ第9番に連なるような、ひたすら高揚していくソナタ形式の系譜にもあると思います。

*2:「ダンテソナタ」という呼び方はリストの存命中から使われていた、とどこかで読んだ気がしますが出所が思い出せない…… 「ダンテ幻想曲」と呼ばれることはまずないのですよね。

*3:文句なしの傑作かどうかはまた別として。

*4:まだるっこしい言い方をしている理由は前の記事 「演奏会用大独奏曲」について―2 - autour de 30 ans. を参照。

*5:例によって主調主題aはまともに再現されません。

*6:実際この後には主題aの半音階進行が出てきて、ストレートな終結ではない。

*7:ハワード全集51巻の解説と、David Trippett (2008) Après une Lecture de Liszt: Virtuosity and Werktreue in the “Dante” Sonata http://www.jstor.org/stable/10.1525/ncm.2008.32.1.052) を参考にしています。

*8:リストが初めて作品に言及しているのも1839年で、作曲時期を1837年とするのはかなり怪しいそうです。

*9:ピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第1番、交響曲第3番、チェロ協奏曲第2番。