autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

「演奏会用大独奏曲」について―1

フランツ・リストの「演奏会用大独奏曲」Grosses Konzertsolo、S.176。あまりにふんわりした題名のせいかかなり冷遇されているこの曲。PTNAにも解説がないぐらいですが、CDは知る限り5、6枚あって、じわじわ再評価中、というぐらいの感じでしょうか。2台ピアノに編曲した「悲愴協奏曲」のほうが演奏機会は多そうです。Wikipediaとかだと語順通りに「大演奏会用独奏曲」らしいですが、あまりに語呂が悪いので演奏会用大独奏曲と呼びます。

1850年、ワイマールで作曲に専念したリストがこれから代表作を形にしていこうか、という時期の作品です。単独大作の一つですが、近い時期の似た趣向の作品、バラード2番、スケルツォとマーチ、オーベルマン、アド・ノス、ダンテソナタあたりと比べるとこの中でいちばん早く独奏最終稿が成立していて、そのせいか良くも悪くも若さのようなものが見えるように思います。ここからソナタ完成まで3年しか違わないので、ワイマールに落ち着いたリストがどれだけ急速に進歩していたかがよく分かります。

中間に挿入的な緩徐部を置いた大きなソナタ形式、というのはロ短調ソナタの前身ですが、先進的なのは形式だけで、聴いた感じはかっちりした感じ、収まりのよさが耳に残ります。何となくオペラ編曲に通じる魅力かもしれません。冒頭のちょっとショパンソナタ3番を思い出す主題も、全曲の軸になるゆっくりした主題も、中間のアンダンテ主題も全部調性は明瞭で、そのせいで主題と経過的な部分の対比もすぐに分かるようになっていて、スケールの大きいドラマを認識するのにストレスが溜まりません。これだったらクララ・シューマンもあそこまで怒らなかったんじゃないでしょうか。

レスリー・ハワードは「ソナタに挑む前に目を向けてみる(consulting this piece)と有益だろう」みたいなことを言っていて、確かにバラード2番、ダンテあたりと並んでもっと弾かれていいとは思います。ソナタの良さが分からない(あのバルトークも友達に散々押し付けられるまで分からなかったとか)、なんか恐い、という向きにも良いだろうし、ロマン・物語指向のバラード・ダンテに対して古典的まとまり指向のKonzertsolo、という入り方はあっていいと思うし、技術的にもものすごい無茶させるところはなさそうだし。

やっぱり題名でしょうか? でも翻訳したらああしかならないし、「グロッセス・コンツェルトゾロ」じゃ何のことか分からないし、「グラン・ソロ・ドゥ・コンセール」ならちょっとマシだけれどおフランスな感じが曲に合わないし……誰かが適当にあだ名を付けといてくれれば良かったんでしょうが。

それは冗談として、外枠では瞬間的などぎつさを避けながらロマンティックな魅力をどんどん盛り込む、というのはショパンシューマンががっつり結果を出しているので、全盛期ちょっと手前のリストでは分が悪い、というのはあると思いますが、それでもこの曲のストレートゆえの恰好良さ、柄の大きさみたいなものはリストだから書けたものだと思います。曲の造りを見てもあからさまにソナタの準備段階だな、という感じがあってものすごく興味深いし。

続きの記事で曲の流れの話をしています。
「演奏会用大独奏曲」について―2 - autour de 30 ans.

ディスクの方は、個人的にはNAXOSのアンダローロ盤をよく聴いています。自分のこの曲のイメージからするとちょっと恰幅が良すぎるかもしれない、という感じもあるのですが、ちゃんと格好よく全曲を弾き抜いていて、しっかりカタルシスが味わえます。2台ピアノの「悲愴協奏曲」バージョンならCPOのジェノヴァ&ディミトロフ(端正さがいい)。協奏曲バージョンはあんまり好きじゃないです。この曲に限らず、リストのオーケストラはうまく行っているところとびっくりするぐらいダサいところの差が激しいと思うんですが(なので交響詩はその辺りをスマートにやってくれるノセダのを聴いてます)、旋律の点画がはっきりしているこの曲だとなおさら派手にコントラストの付いたオケの違和感がすごい。

 

あとは余談。この曲、リストにはよくある事ですがその中でも特に、稿/版/編曲問題がかなりの錯綜を見せています。ハワードさんもややこしいと思ったのか、CDの解説にかなり細かく書いてあるので、トリビアルな話ですがまとめてみます(ありがたいことにHyperionのCDの解説は全部ネットで読めます。3巻、51巻、53a巻、53b巻です)。

 

まずは1849年、パリのコンセルヴァトワールでピアノのコンペティションをやるので曲を書いてください、と頼まれて(written for a piano competition at the Paris Conservatoire、なので作曲コンクールではないはず)書いたのが独奏版第一稿、S.175a(ちなみにS.175は「2つの伝説」なので全く別物です)。これは"Grand Solo de Concert"とフランス語の題名で、真ん中のAndante部分はまだない、普通のソナタ形式に近い形。

で、その真ん中にAndanteを突っ込んで改訂したのが、独奏版第二稿の"Grosses Konzertsolo" S.176です。1850年あたりの作で、ヘンゼルトに献呈されたこれが、今普通にいう「演奏会用大独奏曲」。

それと同じ時期に、リストはS.175aのほうをピアノ協奏曲化しようと思って、助手のヨアヒム・ラフに手伝ってもらってオーケストレーションをします。題名は同じ"Grand Solo de Concert"で、S.365が付いています。IMSLPの作品表には「S.176に基づく」と書いてあるんですが、ハワードの演奏を聴くとアンダンテは入っていなくて、S.175aが元なのが分かります。これは生前に出版されていないのですが、ハワード曰く、作業をしているうちに「例のごとく」、全体の構造を書き換える気になって(S.176への改訂)ほったらかしになったのではないかと。

このバージョンの楽譜は完全には残っていないらしく、自筆譜は「ソロピアノ譜に、ラフに宛てた楽器の指示を書き込んだもの」と「オーケストラだけの楽譜に、協奏曲化のためのピアノへの変更を書き込んだもの」だけがあって、ハンフリー・サールがこれを一度復元しています。ただハワードさんによると、サールは第一稿も、初期のリストのオーケストレーションの例も知らずに作業をしていて色々と問題があったようで、自分で演奏するときにハワードが復元版を作っています。

さて、1849-50年の作曲はこれで一度終わり、次は1856年に飛びます。

S.176をもとにリストは、2台ピアノのための「悲愴協奏曲」"Concerto Pathétique" S.258/1を作ります。対旋律の入れ方は控えめ、2台の対比と音量増強中心の編曲で、構成的にもS.176とあまり違いはありません。一つ大きく違うのが終盤、アンダンテ主題の回帰の後、コラール風の主題が帰ってきてレチタティーヴォが相の手を入れるところで、S.176ではホ長調だった主題が、変ホ長調で現れて調性に変化を付けます。

このバージョンはリストの弟子の間ではよく弾かれていたけれど、すぐには出版されなかったそうな。それが結局出版されたのが1866年、その後1884年に、同じブライトコプフからこの曲の第二版、S.258/2が出版されます。

基本的には第一版と同じなのですが、今言った変ホ長調の主題再現のところが書き換わっていて、S.258/1だとここの前が低音のpで途切れるようになっていたのが、嬰ハ長調の主題再現を入れて、アンダンテ主題→コラール主題とレチタティーヴォの対立→コラール主題のホ長調復帰、がシームレスにつながるようになっています。これはハンス・フォン・ビューローの作曲らしく、IMSLPで初版譜を見ると確かに該当の場所の頭に「Bülow」、元に戻るところに「Liszt」と書いてあるんですが、他の版では消されています。まさか同じ出版社の改版に勝手に変更が入った訳はないだろうから、リストの承諾は得ているのでしょう。ともかく現在「悲愴協奏曲」はこっちの版が一般的で、アルゲリッチがよく弾いているのもこのS.258/2です。

ここまでで大分ややこしいですが、ここにピアノ協奏曲版が入ってきます。

2台のピアノが対立する「悲愴協奏曲」がどことなくピアノ協奏曲のリダクション版の趣を持っているせいで、みんな片方をオーケストレーションしてみたいという欲が湧いてくるようです。リストの弟子のエドゥアルト・ロイス(Eduard Reuss)という人がいて、この人が1872年あたりに、「悲愴協奏曲」のピアノ協奏曲版というのを作ります。1884年よりも前なのでもちろんベースは第一版、S.258/1です。1885年になって、リストは弟子がそんなものを作っていることを知って結構大きく手を入れます。これは亡くなる1886年の1月ぐらいまで続いたらしく、この版がリストの死後、ロイス編曲と名乗ってブライトコプフから出版されています(S.365a)。

なので要するに、

・Grand Solo de Concert, S175a (1849、独奏用第一稿)

・Grosses Konzertsolo, S176 (1849-50、独奏用最終稿)

・Grand Solo de Concert, S.365 (1850、S175aの協奏曲編曲)

・Concerto Pathétique, S.258/1 (1856、S.176の2台ピアノ編曲。第一版)

・Concerto Pathétique, S.258/2 (1884、2台ピアノ最終版)

・Concerto Pathétique, S.365a (1886、S.258/1の協奏曲編曲。弟子名義で出版)

この6つのバージョンがリストの関わったすべてです。ですがこれに加えて、

・S.365aが出てくる前に書かれていた(リストは見ていないらしい。出版はS.365aより後)リストの弟子のリヒャルト・ブルマイスター(Richard Burmeister)編曲のピアノ協奏曲版

・1952年に作られたガボール・ダルヴァシュ(Gábor Darvas)編曲のピアノ協奏曲版(新リスト全集を出しているEditio Musica Budapestからの出版)

さらに何ともややこしいことに、これもリストの弟子のアウグスト・ゲーレリヒ(August Göllerich)が作った

・S.365aの2台ピアノリダクション版

なんてものまで存在しているようです。いよいよ分からなくなってきたところで、それでは類似品に気をつけて楽しいGrosses Konzertsolo / Concerto Pathétiqueライフを。