autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

「ダンテを読んで」について

「巡礼の年」第2年*1の最後を飾るのが、「ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲」(Après une lecture du Dante: Fantasia quasi Sonata)*2。最初の稿がまだリスト20代の1839年、そこからひたすら改訂を重ねて現行の形に落ちついたのが1853-56年ごろで、出版は1858年になります。豪勢な響きのする、押しも押されもせぬ名曲*3なのに疑いはないところで、前置きもそこそこに曲を見ていきます。

第1部 Andante maestoso - Presto agitato assai

1-34 導入
35-76 主題a ニ短調
77-102 推移
103-114 主題A 嬰へ長調
115-135 推移(導入の動機、主題aによる)

第2部 Andante

136-144 主題A 嬰ヘ長調
145-156 主題a ト短調
157-166 主題A2
167-177 主題A3 嬰へ長調

第3部 Allegro moderato - più mosso

181-210 推移(導入の再現)
211-224 展開(動機x、y)
225-232 展開(主題A)
233-245 展開(動機x、y)
246-272 展開(主題A)
273-289 推移(主題a)

第4部 Andante - Allegro - Presto

290-317 主題A ニ長調
318-326 動機x
327-338 楽想A2 
339-352 楽想A3 ニ長調
353-373 終結部(主題a、主題A、動機xの要素)

 

ベートーヴェンの「幻想曲風ソナタ」ならぬ「ソナタ風幻想曲」という題名の示唆するとおり、4部の起承転結があると同時に、全体としてはソナタ形式としての解釈が可能です。第1部で主調と副次調の提示(同一主題からの派生)、第2部は副次調の強調(挿入部とも考えられる)、第3部で展開、第4部で再現が行われます*4

第1部

f:id:quasifaust:20180404001447j:plain

(譜例はすべてJosé Vianna da Motta校訂のBreitkopf & Härtel版から)

いきなり三全音を剝き出しで鳴らす導入で一気に惹きつけます。これからも展開の切れ目で折に触れ出てくるこの主題/動機、「神曲」に引きつけて「門の動機」などと言うこともあるようですが、冒頭で出てきた要素を形式の区切りで持ち出してくるのはソナタや演奏会用大独奏曲などでもやっていることではあります。

f:id:quasifaust:20180404001523j:plain

鋭いリズムの動機xに対して、三連符のリズムによる動機yが対比をなします。ここでは雰囲気にまぎれて分かりにくい(yの音価は実質かなり細かく分割されているのも原因)ですが、固い付点のリズムと三連符のなめらかなリズムの対比はこの後の展開でも重要になってきます。

それにしても、減五度や半音、増二度、減七和音といった要素をてんこ盛りにしたこれでもかというくらいのおどろおどろしい描写ですが、ところどころにがっちりしたカデンツやバスの順次進行を仕込みながら20小節目の減七の爆発→主調サブドミナントへの解決まで持っていく展開は意外と親切です。ひたすら混乱に叩きこむようなソナタの冒頭などとはだいぶ違います。

f:id:quasifaust:20180404001636j:plain

ちょっと前触れがあって(ドミナントの用意がある!)主調主題a。徹底した半音階進行、「嘆き」の旋律ですが、和音は二短調主和音から動かず(低音でもDが伸ばされている)、実は安定感がある主題なのが怪しく感じさせない恰好良さの理由でしょうか。動機yによる推移がこれに続き、このセットはもう一回繰り返されます。

なにしろ半音階と減七和音ばかりなのでどこへ行ってもよさそうですが、イ長調を経由して一度嬰へ短調に行くと、完全五度に和らげられた動機xが出てきて副次調への本格的な推移が始まります。どんどんフラット方向に行って響きの緊張感を下げていき、行き着いた変ニ長調嬰ハ長調に読み替えて、嬰ヘ長調への解決に持っていきます。

f:id:quasifaust:20180404001818j:plain

副次調主題A。主題aの変形ですが(半音進行が全音階進行になって、上行が順次進行から分散和音になっただけです)、音楽の性格はみごとに正反対です。短調のaと長調のA、半音階のaと全音階のA、細かい音価で提示されるaとコラール風のA、付点音符のaと三連符(動機yの反行形ですね)のA。左手が密集和音でなくただのオクターヴになっていたり、嬰へ長調到達の前後で導音を下げてミクソリディア風の響きになっているのも解放感の理由でしょう。

この主題がなんだかんだあって嬰ハ長調で終始すると、動機xが現れて雰囲気は暗転。ですが嬰ハ長調の七の和音上で主題aが出て、ふたたび嬰ヘ長調を準備します。

第2部

f:id:quasifaust:20180404002250j:plain

主題Aが改めて穏やかな表情で出てきます。途中から主題aがト短調で存在感を主張しますが、単音でしかないうえに伴奏形は変わらず三連符に取り囲まれていて、かつてのような勢いは存在しません。

f:id:quasifaust:20180404002307j:plain

ふたたび嬰へ長調に調号が変わり、属七和音上に出てくる主題A2。主題aの変形と見ることができそうですが、下がって上がってくるだけのあちらよりも表情が増しています。

f:id:quasifaust:20180404002326j:plain

そして主題A3。A2の半音階進行は全音階進行に「浄化」され、6:4のクロスリズムも解消しています。

全体の構成の中では、この第2部の捉え方が問題になるでしょうか。展開部の開始、あるいはソナタや演奏会用大独奏曲にあるような挿入部と見るには、副次調と同じ嬰へ長調からなかなか動かないのがひっかかるところで、第1部の延長上で副次調の確立をやり直していると見たいです。調構成としては嬰ヘ長調ト短調→嬰へ長調準備→解決という形で、第1部でやったフラット調から嬰へ長調へ、半音階から全音階へという図式が繰り返されると説明することが可能です。

第3部

全体の展開部にあたります。安定した嬰へ長調は突然のレチタティーヴォによって破られ、動機xと動機yが出現、主題aの音型も出てきていよいよ再現か、と思わせますがその期待は裏切られます。

f:id:quasifaust:20180404002412j:plain

突然オクターブが爆発して動機x(完全五度の形)と動機yの敷衍が開始。しかもスタートは主調と三全音関係の変イ長調です。219小節でニ長調(最終目的!)に到達し、225小節では主題Aが輝かしく出てすべての解決を予感させますが、左手の音型は半音でうねっている上に、主題初登場のときにもあった全音ずつ下がっていく和声進行であらぬ方向へと転調していき、235小節からの半音階と減七和音の嵐に巻き込まれてしまいます。主調への解決は二度はぐらかされるわけです。

250小節、主題Aはロ長調から転調をやり直して無事に静まっていき、273小節から今度はイ長調の七の和音上に主題aが出てきて、これが第2部直前と同様に次の解決を準備します。

第4部

f:id:quasifaust:20180404002433j:plain

(ひねりのない形容ですが)光が射すようなトレモロを伴って主題Aがニ長調で出てきてからは、どんどん音楽が加速していくとともに第2部を再現する形になります*5。318小節からの動機xで一度空気が乱されたあとの、属音上・半音階進行のA2がお膳立てをしてA3が解決する、という展開も同じです。リズムも十六分→三連符の変化。

f:id:quasifaust:20180404002448j:plain

開放的な気分のはずなのに有名な難所なのは、最後の最後まで結論は出ないぞということなのでしょうか*6

353でニ長調になった主題aが出てくるといよいよ曲は大詰め、361小節からは全音進行の和声が主題Aを暗示して、変格終止で荘厳に曲を終えます。

 

さてこの曲ですが、1830年代に初期形が成立したあと長きにわたり徹底的な改訂が施されていて、三つの初期稿にサール番号が付けられています。
神曲への補遺 Paralipomènes à la Divina Commedia, S.158a
神曲への序説 Prolégomènes à la Divina Commedia, S.158b
・ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲 Après une lecture du Dante: Fantasia quasi Sonata, S.158c

これらの関係をちょっと調べてみると、新発見の資料の影響なんかもあって相当入り組んでいるようです。一応まとめてみますが、えらくややこしい話で正確に読み取れているかはなはだ自身がないので話半分に読んでください*7

リストがマリー・ダグー夫人とイタリア旅行に出発したのと、題名の由来になった(そしてたぶん着想を与えた)ユゴーの詩の出版が同じ1837年。作品はおそらく1839年に形になっています*8。同じ年には演奏した記録があり、1840年にはリストの手稿(現存せず)に基づく筆写譜(これは長らく失われたと思われていたのがわりと最近になって発見されたそうですが、出版や録音はされないのでしょうか)ができています。ただこれが "Paralipomènes" と題されるのは1848年以降に改訂が行われる前後のことだそうで。改訂が重なるのに従って新たに筆写譜が作られ(これがS.158a)、まもなく題名が "Prolégomènes" と変えられてさらに改訂(これがS.158b)、改訂が一段落して "Après une lecture du Dante" の題名が付けられる、までが1848-49年の短時間に起きたとのことです。この譜面の最終的な形を清書したのがS.158cで、S.158aとS.158bはもとの譜面から改訂途中の姿を復元しているもののようです。最後に、S.158cから校正段階での修正を経たのが現行版のS.161/7、と。

 

ここまでで十分に混乱しそうな話なので各稿の細かい違いをどうこう言うのはやめますが、「交響的幻想曲」(Fantasie Symphonique pour Piano)と題されていたS.158aは実際かなり興味深い存在です。S.158aと最終稿を比べると、細かいパッセージの書きかたを無視すると、真ん中のレチタティーヴォの後のところで二部に分かれているのが一番の違いです。それに付随してS.158aでは、
・第一部にはコーダ、第二部には導入部があった
・展開部(第二部前半にあたる)では、第一部コーダで現れた新主題が活躍する
・新主題は全体のコーダにも登場する
というような構成の違いが現れています。この新主題はサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番にも出てきます。偶然でしょうが。

短調で始まった曲をいったん嬰へ長調で終止させてまで分割した理由はよくわからなくて、ハワードも独立した「楽章」ではないと断ってますし実際にCDでも1トラックにまとめています。ただこれ、今回書いた分割に従うと、ソナタ形式を二部分でとらえる18世紀主流の考え方(後半にも繰り返し記号が付くやつですね)に合致するわけで、もしリストがそう考えていたとするとものすごく面白くなるのですが。サン=サーンスが何回か使った*9、本来の四楽章構成を二楽章にまとめる形との関連も気になるところです。

*1:個人的には、第1曲の「婚礼」の柔らかな崇高さとでもいうべき感触がリストで一二を争うくらいに好きです。スクリャービンソナタ第9番に連なるような、ひたすら高揚していくソナタ形式の系譜にもあると思います。

*2:「ダンテソナタ」という呼び方はリストの存命中から使われていた、とどこかで読んだ気がしますが出所が思い出せない…… 「ダンテ幻想曲」と呼ばれることはまずないのですよね。

*3:文句なしの傑作かどうかはまた別として。

*4:まだるっこしい言い方をしている理由は前の記事 「演奏会用大独奏曲」について―2 - autour de 30 ans. を参照。

*5:例によって主調主題aはまともに再現されません。

*6:実際この後には主題aの半音階進行が出てきて、ストレートな終結ではない。

*7:ハワード全集51巻の解説と、David Trippett (2008) Après une Lecture de Liszt: Virtuosity and Werktreue in the “Dante” Sonata http://www.jstor.org/stable/10.1525/ncm.2008.32.1.052) を参考にしています。

*8:リストが初めて作品に言及しているのも1839年で、作曲時期を1837年とするのはかなり怪しいそうです。

*9:ピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第1番、交響曲第3番、チェロ協奏曲第2番。