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勉強したことを書きます

Parsifal ohne Worte - 2

quasifaust.hatenablog.com

パルジファル』の管弦楽抜粋を組曲/ポプリに仕立てたものは、楽譜が出版されているものとそうでないもの、録音が販売されているものとそうでないもの、いろいろありますが、程度の差こそあれ基本的にはどれもワーグナーの原曲を忠実に切り張りしています。

バンダを削っているぐらいで編成はほぼ削減されていませんし、声楽部分からの置き換えや独自の作曲はみな最小限に抑えられていて、その意味での「編曲」はどれもあまり行っていません。それなので、ここで話題にするのはどの部分を抜粋しているかにとどめます。楽譜を見られないものもありますし。

ラインスドルフ編

ラインスドルフはバッハやブラームスの編曲のほかに『指環』や『影のない女』、『ペレアスとメリザンド』あたりの組曲を作っていて、どれも本人以外の録音があります。

作曲を勉強したこともあるらしいですが、抜粋はどれも原曲に忠実で、声楽パートの置き換えをまったく行っていないのが特徴的なところです。抜粋する箇所にも少し癖があり、『指環』はジークフリート第三幕の間奏曲、「ハーゲンの見張り」のあとの間奏曲と珍しいところを含んでいますし、『影のない女』は劇の進行とは関係ない再構成で、シュトラウスの『交響的幻想曲』を補足するようなセレクトになっています。『ペレアス』もペレアス殺しの場面を含まず、全体に淡い色彩でまとめています*1

ラインスドルフによる抜粋の楽譜は出版されていません。少なくとも1963年には演奏された記録があり*2、のちに本人指揮のCDとDVD*3ノリントン指揮のCDが出ています。演奏時間は40分前後。ラインスドルフの演奏はどちらも同じオケで同年ながら別演奏のようですが、深入りはしません。いずれにせよ抜粋箇所は同じです*4。曲のセレクトは以下の通りです。

・第一幕の前奏曲
・第一幕の場面転換の音楽(...幕開け+3、[85]...[92]、[126]...[126]+5)
・第三幕の前奏曲(冒頭...[216]+7)
聖金曜日の奇跡([252]-3...)*5
・第三幕の場面転換の音楽(...[271+2])
・第三幕の終結([290]-4...[292]、[295]-1...最後)

幕開けのファンファーレのあとすぐに「舞台転換の音楽」へ。変ヘ長調ホ長調同士でスムーズに繋がります。その後、第一幕ラストの「予言の動機」を使ったつなぎも違和感はないですが、その後の「聖金曜日の奇跡」への転換、「舞台転換の音楽」から終結部への転換はやや唐突です。ドラマの明転がより鮮烈になるという解釈もあるかもしれませんが。

その終結部は、抜粋の出版譜で声楽が置き換えられているところをばっさりカットして短くまとめています。良くも悪くも元の楽譜への忠実さが目に付いて、全体の構成も渋いとは思いますが思い入れが感じられる抜粋です。他の楽団が楽譜を作成するのも比較的楽でしょう。

デ・フリーヘル編

他にも『指環』などの抜粋を作成している編曲者が1993年に作ったもので、"Orchestral Quest" と題名が付けられて*6ショットから出版されています。録音はデ・ワールトとヤルヴィのものがあり、二つでかなり違いはありますがおおむね50分前後かかります。

各部分にはオリジナルの題名が付けてあり、

1. 前奏曲
2. パルジファル([146]...[151]-2、[74]...)
3. 聖杯の騎士I(...[97]+2、[124]+7...[126]+4、つなぎ4小節)
4. 花の乙女たち([153]...[154]、[156]...[170]+11、[174]-6...[174]+9、つなぎに変更あり)
5. 聖金曜日の奇跡([252]-1... 細かいカットあり)
6. 聖杯の騎士II(...[270]+6)
7. 後奏曲([287]-7...最後)

の構成です。全体の構成は「花の乙女たち」と「聖金曜日の奇跡」の俗と聖の対比を軸に、シンメトリックに作られているそうです(「後奏曲」はパルジファルの動機で始まり、かなりたっぷりと採られています)。いくつかの編曲のなかでも特に手のこんだものの一つと言えそうで、カットも丁寧ですし、オリジナルのつなぎ部分も最小限かつ、既存の部分を使ってごく自然に作られています。第二幕と第一幕でパルジファルが「奔放の動機」とともに登場してくる場面をまとめた「パルジファル」の部分*7のように、楽しい場面がほどよく盛り込まれていて、編曲者によるワーグナーシリーズはどれもそうですが、使いやすさではおそらく一番でしょう。

ルジツカ編

作曲者・指揮者のルジツカが中国フィルハーモニー管弦楽団を振るときに作った編曲で、「七つの交響的断章」としてショットから出版されています*8。録音は配信(のみ。おそらく)で聴くことができて、YouTubeでも公開されています*9。演奏時間は45分程度で、構成は以下のとおり。

・第一幕の前奏曲
・第一幕の場面転換の音楽(...幕開け+3、[85]...[92])
・第二幕の前奏曲([129]...[132]-1)
・第三幕の前奏曲([213]...[216]+6)
聖金曜日の奇跡([251]+9...)
・第三幕の場面転換の音楽(...[271+1])
・第三幕の終結([287]...[291]+4、[294]-4...最後)

スコアを見ると、全曲の楽譜を切り張りして作られているようで、かなり元々の音符に忠実です。抜粋箇所についても、前の記事で挙げたよく演奏されるポイントをそのまま網羅しており、癖のない編曲と言えるでしょう。「聖金曜日の奇跡」ですら慣例的なカットをしていなくて、編曲の作為がほとんどないのがかえって個性に思えます。

ボールト?編

ボールトがLSOと録音した抜粋は、30分ほどで4曲を演奏しています。楽譜は出版されていません。

・第一幕の前奏曲(演奏会用エンディング採用)
・第一幕の舞台転換の音楽([84]...[93]+3)
・第三幕の前奏曲([213]...[218]-2)
聖金曜日の奇跡(出版譜通り)

今回取り上げた抜粋はどれも全体をひとつながりにしたものでしたが、これだけは各場面を終止させています。なので「第一幕の前奏曲」と「聖金曜日の奇跡」は出版譜での終結をそのまま使っていますが、「第一幕の舞台転換の音楽」ではハ長調の和音が鳴り響いたところで終結、「第三幕の前奏曲」ではむりやり変ホ長調の和音を鳴らして終結、とやや強引に締めくくっています。もう少し融通が利いても良かったとは思いますが、一つの考え方としては面白いです。

その他

ルーカス・フォス編*10や、最新のゴーリー(Andrew Gourlay)編*11については音を聴いていないので差し控えます。どちらも原曲での前後を入れ替えて構成したもので、編曲者の創意を味わえるという点ではかなり興味深いものです。

20分以下の抜粋についても、基本的に既存の出版譜をもとにしていることもあって触れません。一つ言及しておきたいのは、ガッティがRCOと演奏した「第三幕の前奏曲」([213]...[217])と「聖金曜日の奇跡」([250]-1...既存の出版譜通り)です。ほかの編曲でこの部分のつなぎは大なり小なり力技になるのですが、このセレクトは音色(クラリネットのソロ)も調性(ニ長調三和音→ト長調)もごく自然で随一のものだと思います。

*1:個人的にはコンスタン編(八割方同じですが)よりも好きです。『ペレアス』の間奏曲抜粋自体、『牧神』『夜想曲』『海』の三点セットに割りこむだけの実力はあると思うのですがあまり取り上げられません。

*2:https://archives.bso.org/Detail.aspx?UniqueKey=9678

*3:リハーサル付き。内容はYouTubeでも公開されています。https://www.youtube.com/watch?v=xd7UixzeGFA

*4:1978年末から79年頭にかけてNYPで演奏したときのスコアが公開されていますが、このときの構成は少し違っています。https://archives.nyphil.org/index.php/artifact/a9672999-0986-44a6-bde4-93a48e116e04-0.1

*5:ショット版に従って細かいカットがありますが省略。以下も同様です。

*6:『指環』は "Orchestral Adventure"、『トリスタン』は "Orchestral Passion"、『マイスタージンガー』は "Orchestral Tribute"。

*7:場面の前後の入れ替えは、おそらくデ・フリーヘルのワーグナーシリーズで唯一です。

*8:https://en.schott-music.com/shop/sieben-symphonische-fragmente-aus-parsifal-no318933.html サイトでスコア閲覧可。

*9:https://www.youtube.com/watch?v=bkV3KIDU2pU

*10:アソシエイテッド・ミュージックから出版。プレビュー可(https://issuu.com/scoresondemand/docs/parsifal_symphonic_excerpts_34284)。どうでもいいですが新古典主義そのもののような作風のイメージがあるので、ワーグナーの編曲は意外です。

*11:https://en.schott-music.com/shop/parsifal-suite-no405002.html ショットから出版。これもプレビューできます。