autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

超絶技巧練習曲のソナタ形式

超絶技巧練習曲(Études d'exécution transcendante, S.139)から、ソナタ形式で考えられる3曲の話をしようと思います*1。十分に有名な曲なので(それでも題名のせいで損な受け取られ方をしている気はしますが) 説明はいらないでしょう*2。すべての大本になった稿が1826年、リスト15歳の年の出版で、それを大幅に発展させた異様に難しい第二稿が1839年、第二稿を整理した現行の「超絶技巧練習曲」が1852年の出版です。以後比較に出すのはすべて第二稿です。

第8番 「(死霊の)狩り」

1-58 主題A ハ短調
59-84 主題B 変ホ長調
85-133 主題C 変ホ長調
134-163 推移(主題A)
164-193 主題B ハ長調
194-215 主題C ハ長調
216-228 コーダ

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(譜例は二つの稿ともにブゾーニ校訂のBreitkopf & Härtel版から)

主調主題は荒々しい低音と付点(休符が入っているので違いますが)動機が対話するもの。

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前稿では冒頭がこのような凝った書き方になっているのは有名な話で、ブゾーニさんがわざわざ丁寧な註を付ける事態になっています。音型の切れ目とアクセント付けによる拍節がずれているパッセージはかなり挑戦的で、最近復権が始まったメローの練習曲を思い出すところです。

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変ホ長調で出てくる、狩りの音楽そのものの主題Bと滑らかに歌う主題C。単一主題的な書き方で、前者は主題Aの後半、後者は主題Aの前半と繋がっています。性格は違いますが「運命」的にどちらも付点リズムが響いていますね。

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主題Cがハ短調に変化した(これが主調復帰と見なせるかも?)あと、主題Aが出てきますが(上掲)これはまったく主調に戻らないまま経過句風に処理されます。すぐにハ長調で力強い主題B再現、主題C再現が続いて幕となります。

前版の構成を見ると、主題B再現の前に主題Aが原型のままきっちり再現されていることがわかります。改訂で構成を切り詰めるにあたって削除してかまわないと判断したのは、主調主題の原型復帰だったということですね。ベートーヴェン交響曲8番、9番のころとはまったく時代が変わっています。

第10番

1-30 第一主題 ヘ短調
31-41 第二主題 変ホ短調
42-60 小結尾 変ホ短調
61-85 展開
86-99 第一主題 ヘ短調
100-135 第二主題 ヘ短調
136-159 小結尾再現 ヘ短調
160-182 コーダ ヘ短調

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第一主題は特徴的な音型に途切れ途切れの旋律が続く形(譜例は旋律形が続くところから切っています)。

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その後に続くこの音型(xとしましょうか)はリストに珍しいぐらいに主和音を強調するもので、この曲のどこか古典的な性格の一因になっています。

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第二主題は変イ短調変ハ長調を中心に動き、後半になってやっと嬰ニ短調変ホ短調に落ち着きます。その後に楽想xが出て変ホ短調を強調、変ホのペダル上に減七と第二主題を乗せた推移句から展開に入っていきます。

短い主題展開と"Tempestoso" の経過句に続く再現は提示の際と共通する部分が多い*3ですが、上の分割のとおり、第一主題と第二主題の小節数が提示とほぼ逆転しています。第一主題は22小節目で二度目に出てきたときの起伏の少ない姿で登場し、しかも動機xが主調を強調してくれないまますぐに(イ短調から始まる)第二主題に接続してしまいます。

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そのかわり第二主題は後半が大きく拡大され、Desの21連発などでテンションを高めて第126小節でのヘ短調解決の存在感を大きくしています。二部構成を明確にしていた提示に比べ、二つの主題を一体として主調への解決を演出しているということです。第148小節からの小結尾の再現で和声が半音階的に逸れてもすぐに第159小節のカデンツァで修正し、主調上に安定したストレッタのコーダで終わるのも、(第二主題後半で確立した)主調の安定感を強調しています。

この曲は無題ですが、ベートーヴェンに倣って「アパッショナータ」などと呼ばれることがあるようです。音楽の雰囲気は当然のこと、十六分音符がほぼ途切れずに流れ、明確に遮られるのは再現の開始前とコーダの頭だけというのも「熱情」第3楽章を見習ったのではないかと思いますが、さらに前版で、最終版でいうストレッタ前に挿入されていた楽想には「熱情」のコーダをいやがおうにも思い出します。

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これは当然第二主題の変形ですが、削ったのはオマージュ元が明らかすぎるというほかに、ヘ短調の確立はこの前の部分ですでに十分と考えたのでしょうか。

 第11番「夕べの調べ」

1-9 導入
10-37 主題A 変ニ長調
38-58 主題B
59-79 主題C ホ長調
80-97 推移(主題B)
98-119 主題C再現 変ニ長調
120-131 主題B再現 変ニ長調
132-155 コーダ(143~主題A再現) 変ニ長調

主題群が逆順に再現される形式です。この逆順再現は20世紀に入って、オネゲルバルトークあたりが多用することになります。

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静かな半音階進行が美しい主題A。またもやホ長調に行ってしまう経過句を経て豪華に主題が繰り返され、変ハ長調ロ長調に読み替えて正式にホ長調へ転調していきます。

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和音が宙に舞い上がっていく主題B。主題と呼ぶか経過句と呼ぶのかは微妙なところですが、とりあえず副次調主題群の一つとしておきます。ト長調で始まってロ長調に落ち付き、次の主題を準備します。

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ホ長調に安定して主題C。ここまですべて和音の塊で動いてきた音楽に、単音の旋律が新鮮に響きます。第二稿を見たシューマンは、曲集でもっとも印象的な旋律、と言っています*4

この旋律が終わると主題Bがホ長調で盛大に出てきますが、さてここから変ニ長調へ戻らないといけないわけです。前稿のほうではかなりの規模の(展開的な)推移があり、一ページ以上かけてバスがG音から半音ずつオクターヴ上のAsまでずり上がっていき、その属音Asがさらに一ページ以上持続した後に変ニ長調へ解決する、というきわめて大掛かりな作りをしています。

対して最終稿は半音階的なパッセージ5小節ほどで変ニ長調に到達してしまうのですが、この結果主題再現の形にも変化が出ているのが面白いところです。

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前稿はDes音上で堂々と主題が現れているのに対し、

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最終稿は低音と高音でAs音の鐘が鳴り響くようになっており、確固たる変ニ長調ではありますが属音が強調されることで隔靴掻痒感が残って、完全な解決は主題Bの再現まで持ち越されます。ちなみに主題再現が属音上で始まるといえば「熱情」の第1楽章ですが、リストは意識していたのかどうか。

 

ここまで3曲見てきましたが、形は違えどどれも主調主題の「再現」は非常に軽視されています。調構成的にはソナタ形式に則っていたとしても、主調主題をはじめからおわりまで再現していく曲は、三部形式ロンド形式との延長線上(「回想」)や変奏曲(「マゼッパ」)になってしまうわけです。

思えばショパンは「バラード」と題した作品(1番、4番)のソナタ形式では主調主題の再現をきっちりやって、2番以降の「ソナタ*5では副次調主題以降の再現で済ませています。対してリストは「独奏曲」や「練習曲」や「ソナタ風幻想曲」では主調主題の再現を避ける一方で「ソナタ」では律儀すぎるくらいの再現部をやっている*6わけで、この辺りに形式への取り組み方の違いが見えて興味深いです。目指すところは全然違うのに、再現を主調主題から始めないというのを共に重要な「解」として採用しているところも含めて。

*1:ただしリストの常で変形は加えられているので異論はあるかもしれませんし、後述しますがここで挙げる以外にもソナタ形式で考えられなくもない作品はあります。

*2:そもそもこの曲については全音版の解説が充実していてここでうだうだ話す意味もないかもしれませんが、そこはそれ。

*3:短調に解決する第二主題が変ニ短調変ロ短調中心に推移するという調の関係は提示と同じ。

*4:『音楽と音楽家岩波文庫141頁。ただし多声的に動く伴奏については月並み、という評価。

*5:演奏会用アレグロチェロソナタを含む。

*6:交響詩では、「山上にて聞きしこと」「タッソー」「前奏曲」の最初の3曲では変則的な再現を行って、その後の数作「プロメテウス」「オルフェウス」「祭典の響き」、時期は離れますが「理想」あたりが主調主題から順を追った再現を行っています。