autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

2拍子系のパスピエ

ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』(1890–91/1905) の第4曲「パスピエ」Passepied は、19世紀以降にこの舞曲の名を冠した作品のなかでも最も知られているものと思います。

バロック期の組曲を下敷きにした『ベルガマスク組曲』を締めくくる、快速の4拍子の舞曲なわけですが――18世紀以前の作品ではよく知られているだろうJ.S.バッハの諸例*1に表れているように、バロック期のパスピエは速い3拍子の舞曲でした。

フランス風序曲BWV 831 から

バッハへの影響元でもあるフランス音楽から、フランソワ・クープランによるパスピエも同様です。2段目の後半にあるヘミオラ――小節線を抜いて記譜されています――が特徴的。

クラヴサン組曲、第2オルドルから

しかしさらに時代を遡り、16世紀後半にブルターニュの舞曲として言及が現れだしたころの「パスピエ」は大きく違う舞曲だったと考えられます。プレトリウス『テルプシコーレ』(1612出版) に収められたいくつかの「パスピエ」は快活な2拍子で、3小節単位のフレーズが特徴的です。ニューグローヴによると17世紀後半、ルイ14世治世下に現れたときこの舞曲はすでに3拍子の形になっており、両者がどのように関連しているのかはよくわかっていないようです。

 

ドビュッシーに話を戻すと、彼が「パスピエ」を作曲するにあたって意識していた先行作品は、まずフォーレの「パヴァーヌ」(1886) の名を挙げられるでしょう。調性(嬰ヘ短調)や伴奏形の一致に加え、ドビュッシー作品は出版直前まで「パヴァーヌ」と題されていたことも傍証になります。

ではこの音楽が「パスピエ」と題された所以はというと、ドリーブの劇付随音楽『王は楽しむ』(1882) に含まれる「パスピエ」が出所の候補ではないでしょうか。ヴェルディリゴレット』の原作にもなったユゴーの戯曲に付した一連の舞踏音楽の一曲で、旋法的でアルカイックな響きや伴奏のテクスチュアは確実にドビュッシーと共通するものがあります。

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当時ルネサンス音楽の資料は限られていたなかで、ドリーブがなにを参照したのかは不明です*2。しかし戯曲の舞台設定はフランソワ1世在位期 (1515-1547) であり、ガイヤルドとパヴァーヌマドリガルに加えて2/2拍子のパスピエを配した構成はいちおう平仄が合っています。もちろんほかの楽章が古風なリズムにある程度従っているのと比べてみても、拍子以外はルネサンス期のものと似ても似つかないわけで、参照元は疑問のままではありますが。

バロック流の3拍子のパスピエは、モーツァルトが『イドメネオ』のために書いたバレエ音楽 (1781) まではひとまず命脈を保ちますが、その後ドリーブまでの100年間がどうなっていたのか、少なくとも例を見つけるのが難しいということは言えるようです。ともあれ20世紀にはほかの古い舞曲形式と同様にパスピエも復活を果たし、ドリーブ/ドビュッシー系の2拍子のもの(ジョゼフ・ジョンゲンのOp.102-2、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズの「バレエ組曲」Suite de Ballet など)とバロック風の3拍子のもの(プロコフィエフ『シンデレラ』、タンスマン『インヴェンション』など)が共存する形になります。

*1:譜例を出した『フランス風序曲』のほかにも、管弦楽組曲第1番、イギリス組曲第5番、パルティータ第5番に採用されています。そのほかゴールドベルク変奏曲の第19変奏や、「平均律」第2巻24番フーガがパスピエとみなされるのもこの3/8拍子を前提としています。

*2:例えば19世紀半ば刊行のラルース百科事典でも、パスピエは3/8拍子の舞曲とされています。Grand dictionnaire universel du 19e siècle, française, historique, géographique, mythologique, bibliographique, littéraire, artistique, scientifique, etc : Larousse, Pierre, 1817-1875 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive