autour de 30 ans.

勉強したことを書きます

バラード第2番について

リストのバラード第2番(S.171)。1853年、ソナタの直後に完成した作品で、ロ短調という調性や作品の雰囲気からソナタの弟分(演奏時間は約半分です)とみられることが多いようですが、作品の作り方はだいぶ違うように見えます。

ソナタは断片的な性格の動機をさんざん変容させて色々な性格の楽想を生み出していますが、バラードでは主題の変容する回数はわずかで、主題たちはほとんど性格が変わらないまま、調的な脈略や書法を変化させて繰り返すことで全体を成立させています。「バラード」という題名がどこまでショパンを意識したかは分かりませんが*1、むしろバラードといってもシューベルトやレーヴェの歌曲、ショパンなら2番に近い考え方のように思います。リストは標題について何も言っていないとはいえ、ヘーローとレアンドロスにしろレノーレにしろ、物語的な説明が違和感なく受け入れられるのも主題やセクションの自立感ゆえでしょう。

第1部 Allegro moderato - Allegretto

1-23 主題A ロ短調
24-35 主題B 嬰ヘ長調
36-58 主題A 変ロ短調
59-69 主題B へ長調

第2部 Allegro deciso - Allegretto

70-95 推移前半(行進曲風)
96-134 推移後半(オクターヴトレモロ登場) 嬰へ短調
135-142 主題C 二長調
143-161 主題B 二長調

第3部

162-180 主題A 嬰ト短調
181-194 主題A ハ短調
195-224 推移(半音階パッセージの敷衍)

第4部 Allegretto - Allegro moderato

225-233 主題C ロ長調
234-253 主題B ロ長調
254-268 主題A' ロ長調
269-283 主題C 嬰ヘ長調
284-301 主題A' ロ長調
302-316 終結(主題Bによる) ロ長調

ひとまずソナタ形式ということにしますが、先に述べたような主題を大事にする書き方のせいで、二重変奏曲またはロンドをソナタ形式的に仕上げたもの、とも説明できそうです。第1部は主調主題提示、第2部は副次調主題提示、第3部が既出素材の展開で、第4部は主調での主題再現(逆順)という作りです。

f:id:quasifaust:20180408100954j:plain

(譜例はすべてJosé Vianna da Motta校訂のBreitkopf & Härtel版から)

低音の半音階に乗ってロ短調の主題Aが登場。左手の音型は半音階ではありますが小節を越えるごとにFis-Hが反復されていて、調性感自体は明瞭です。

f:id:quasifaust:20180408101206j:plain

ここまでの暗い音色とはうってかわって、高音域の開離配置で夢見るように出てくる嬰ヘ長調の主題B。それを導くLento assaiの和音はかなりモダンなテンションコードに聴こえます。

ここまでの過程は、半音下の変ロ短調ヘ長調で全くそのまま繰り返されます。唐突な遠隔調ではありますが*2いわゆる確保(対提示)にあたるものと見ることができます。またソナタや、ショパンの3番ソナタ(どちらもロ短調)、あとは二人が参考にしたかもしれないフンメルの5番ソナタ(嬰へ短調、Op.81)はみな副次調へ行く前にフラット系を経由していて、ここでは同じことを大胆な(少し乱暴な)手順で辿っているとも考えられます。

f:id:quasifaust:20180408101219j:plain

ヘ長調の第三音Aを辿って行進曲風のアレグロ・デチーゾに突入。なんとなく聞いていると序奏が終わって主部に入ったように聴こえて形式的には悩ましいところですが、副次調への長い経過部と見ます。96小節からは半音階音型が崩したオクターヴに変わって嵐が激しくなり、主題Aの順次進行型がちりばめられるようになって、113小節からは嬰へ短調で主題Aが出てきます。

f:id:quasifaust:20180408101235j:plain

また(一瞬ですが)テンションコードの導入に続き、ようやく二長調の主題Cが登場*3。ターン音型に彩られたこの主題には、二長調になった主題Bが続いて副次調主題群を形成します。

主題の後半はト長調変ホ長調と推移し、変イ短調異名同音嬰ト短調で162小節から主題Aが登場して第3部に。テンポ指示はないのでアレグレットから入って次第にテンポを上げていけばいいということでしょうか。左手は冒頭と同じ単音の半音階ですが、転調しながら主題Aを繰り返すうちに片手のオクターヴトレモロ→片手単音、片手オクターヴトレモロ→両手オクターヴトレモロと半音階の鳴らし方が拡大していきます。

f:id:quasifaust:20180408101245j:plain

207小節がクライマックス。低音は三全音進行で強烈な効果があります。

嵐が収まり225小節でロ長調に落ち着きますが、前掲の通り主題Cはバスが第三音に置かれていて、主題Bも属音上に置かれているうえに倚音で属音が強調されるので最大限の満足は得られません。

f:id:quasifaust:20180408101254j:plain

なので、主題Aがロ長調で出てくるところでようやく主調への解決がもたらされることになります。逆順の再現によって、主題Aをドラマの終着点としながら展開に蛇足が生まれるのを避けているわけですね。本当に長調へ移しただけですがそれこそオペラティックな甘い旋律。間に嬰ヘ長調の主題Cをはさみながら主題Aを書法的に盛り上げていき、最後は主題Bを使った静かなコーダで終わります。

このコーダもソナタと同様に、力強く終わるエンディングが現行のものより前に書かれていて、現行バージョンは3つ目になります。2つ目のものは主題Bが三連符に変化するもの*4で、ペータースやブライトコップの版に印刷されて比較的前から知られています。1つ目は1992年になって知られるようになったもので、今ではヘンレ版に収録されています。

*1:研究者でも意見は分かれているようです。

*2:へ長調の第三音AisをBに読み替えているのでしょうか。

*3:旋律が主題Bの後半を引き伸ばしたものだったり、輪郭が18小節目のレチタティーヴォの反行形と一致したりしますがあまり深入りはしません。ソナタや協奏曲でも、こうしてぱっと見別の主題とされるものが同じ材料で出来ているという話はあるようです。ただこういう話はきりがないのと、リストの特性としては旋律まるごとの変容を重視したいと個人的には思っています。

*4:なんとなくラフマニノフの2番ソナタとかを思い出す。